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Kind of blue4
Kind of Blue
Kind of Blue

ビル・エバンス脱退後のマイルス・デイビス・セクステットには、再びレッド・ガーランド(P)が戻ってくるが、相変わらずの素行の悪さにより、当事ディジー・ガレスビーのバンドに居て、マイルスの目に留まったウィントン・ケリーが新たに加入する。

Kind of blueの一回目のセッションは1959年の3月2日行なわれるが、それは決して何かを生み出そうと満を持して行なわれたものではなく、契約上の普段と変わらないものであったが、マイルスはこのレコーディングの為に再びビル・エバンスを呼び戻す。

前回ビル・エバンスを起用した時はまだバンドのパフォーマンスがライブでもレコーディングでもスタンダード・ナンバーが中心だった為、モードの可能性を探る迄には至っておらず、そこで今度は全曲オリジナルのアルバムでモードの完成を目指そうというのが大まかのコンセプトだったようである。

マイルスが収録曲を思いついたのがレコーディングの数時間前で、そして持参してきたのは楽譜では無く大まかなスケッチ程度のもの。"So what"All blues"Freddie freeloader"にいたってはそれすらも無く、マイルスによる指示も演奏直前に一言か二言ぐらいであった程度だったらしい。

これらは、偶発的なサウンド生み出す為にマイルスがわざととった行動であったが、なんとレコーディングはたった二日間で、ほぼテイク・ワンで録り終えた為、のちに伝説のセッションと言われる事になる。

しかしその後"So what"と"All blues"は初演では無かったとか、実際のマスターテープを聞くと何度も演奏が途中で止められていたり(最後迄演奏し終えた物だけテイクに数えられていた。)色々と事実が発覚するが、他の作品に比べてマスターテープの録音時間が圧倒的に少ない事は間違い無いようだ。

こうして録音された演奏は独自の緊張感、高い芸術性、完成度を持ちKind of blueはモダン・ジャズ至上最高傑作と賞賛され、モード奏法の完成を世に知らしめた。確かに"So what"と"All blues"などはその後のライブでも良く演奏されているが、Kind of blueの物とは全く別物である。

しかもメンバーの誰もがこうなる事を予想せず、マイルス自身でさえ自分がやろうとしていた事と結果的にちがう物になったと後述している事も面白い。

前から言っている通りジャズにのめりこむきっかけになったアルバムです。やっぱり曲を探りながら演奏しているように聞こえるんだけど、それが独特の緊張感を生み出して結果的に各メンバーのソロも凄く良いし、偶然なのかマイルスの計算なのか良く判らないけど、まさしくアドリブが成し得る芸術って感じで、聴きば聴くほど好きになりその都度印象が変る作品ですね。至上の愛も同じかな・・・だからジャズは辞められませんね。

author:右山裕介, category:Miles Davis, 20:15
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